ロスチャイルドはいかに巨万の富を得たのか。ナポレオン戦争の裏側

現在世界における巨大財閥といえばロスチャイルド家とロックフェラー家が挙げられるだろう。ともにフリーメイソンである両者が世界に与える影響は今も昔も絶大だ。

 

アメリカに本拠地を置くロックフェラー家はもともとヨーロッパに本拠地を置くロスチャイルド家の子分的存在であった。いわばロスチャイルド家のアメリカ支店がロックフェラー家といえよう。

 

ではそのロスチャイルド家は一体いつからどのように勢力を拡大していったのだろうか。その経緯をみていこう。

 

 

ロスチャイルド家の歴史

 

初代ロスチャイルド家マイヤー・アムシェルはフランクフルトのゲットー(ユダヤ人隔離居住区)出身でヘッセン=カッセル方伯ヴィルヘルム9世の御用商人、つまり宮廷ユダヤ人としての活動を通して大銀行家になった。

 

彼はフランクフルトのみならず、ヨーロッパ全土を覆う金融網を開発しようという大計画を企み、5人の息子をヨーロッパの主要都市に送り込んだ。

 

まず長男アムシェルをフランクフルトで継がせ、次男ザロモンをウィーンに、三男ネイサンをロンドン、四男カールをナポリ、五男ジェームスをパリに、といった具合に。

 

父の遺志をしっかり受け継いだ五兄弟は、各国でビジネスを通して勢力を拡大していった。

 

通信・輸送網をヨーロッパ中に広げるだけに留まらず、フランスにしかなかった鉄道もヨーロッパ全土に走らせ、鉄道王になった。さらにロシアのバクー(現アゼルバイジャンの首都)における油田の利権を得て石油の大企業をつくる一方、南アフリカ共和国の金やダイヤの発掘業でも大儲けをした。

 

こうして五人のロスチャイルド家はお互いに協力しながらヨーロッパのみならずアフリカ、アジアの植民地でもビジネスを拡大していった。

 

その中でもロンドンに派遣された三男ネイサン・ロスチャイルドが最もヨーロッパ全土における影響力を高めていった。彼はいかにしてイギリスで頭角を現していったのだろうか。

 

三男ネイサンの巧妙な金融操作

 

ナポレオン戦争がヨーロッパ全土で巻き起こっていた時、ネイサンはこの戦争を利用して大儲けをした。

 

当時ナポレオンが大陸封鎖令(1806年)を出したことによってヨーロッパ諸国はイギリスとの貿易が禁じられ、ヨーロッパ全体でコーヒー、砂糖、タバコ、綿製品などの物資が不足し高騰していた。ネイサンはこの状況を逆用し、イギリスで安く買い付けたものを密輸でヨーロッパ諸国にいる兄弟たちを通して各地で売りさばいたのである。

 

これによってロスチャイルド家は莫大な利益を得て、現地の人々からも感謝された。

 

また1815年のワーテルローの戦いでも情報戦によって莫大な利益を獲得する。

 

ワーテルローの戦いはナポレオンが勝てばイギリスの公債が暴落し、逆にイギリスが勝てば高騰すると噂されていた。ヨーロッパ諸国にいる兄弟たちを通した独自の情報網を持っていたネイサンはいち早く戦いの結果の知らせを得てある行動に出た。

 

なんとネイサンは公債を売りさばいたのである。ロスチャイルド家の優れた情報網は既に金融界で有名だったため、ネイサンのその行動を見た投資家たちはイギリス敗北を確信し、慌てて追随するように公債を売り、当然イギリス公債の価値は暴落した。

 

しかし、ネイサンはその暴落した公債を次は逆に買い占めたのである。

 

そう、実はイギリスは実はナポレオンに勝利を収めていたのだった。

 

その情報が遅れてイギリスに伝わるや否やイギリス公債の価値は急上昇し、ネイサンは巨万の富を得た。

 

ネイサンはその富を利用しイギリス王国にお金を貸すほどにもなり、王室もロスチャイルドに頼らざるを得なくなり、イギリスの国策に大きく関わるようになる。ナポレオン戦争後のウィーン公会議でも影響力を示し、戦後システムを構築した。

 

こうして国を超えたロスチャイルド式のシステムの基盤が出来上がったのであった。

 

まさに五兄弟の国境を超えた団結と独自の迅速な情報網がロスチャイルド家に巨万の富と権力をもたらしたのであった。

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