フリーメイソンとカトリック教会が対立したワケ

「フリーメイソンは悪魔崇拝主義で世界を裏から支配する秘密結社である」

 

このようなフリーメイソンに対する巷のイメージはどこで生まれたものなのだろうか。

 

一般的にはそれはフリーメイソンとローマ・カトリック教会との対立に原因があると言われる。

 

歴史を見ると、これまでフリーメイソンとカトリックは幾度となく衝突をしてきたことがわかる。

 

フリーメイソン vs カトリックの経緯

 

教会側はフリーメイソンを悪魔の教会とみなし、激しい弾圧をしてきた。

 

教皇領内ではフリーメイソンに関連する書物が焼かれ、ロッジは破壊され、処刑されるメイソンもいた。

 

カトリック教会が最初に行ったフリーメイソン弾圧はローマ教皇クレメンス12世によって1738年に出された破門令である。

 

1717年にロンドンでグランド・ロッジが開設されて以来、フリーメイソンはヨーロッパ諸国に次々と支部を創設していった。

 

その勢いはとどまることなくわずか三十年足らずで欧州の主要都市にロッジがつくられ、メイソンのネットワークが確立されていった。

 

フランスの哲学者モンテスキューをはじめとした著名人も続々と入会するほどだった。

 

凄まじい勢いで拡大してくるフリーメイソンに対してカトリック教会が面白く思わなかったのは想像に難くない。

 

さらにカトリック信者や神父の中にもメイソンが数多く、枢機卿(法王を補佐する最高位の僧職)でさえロッジに出入りするものがいた。

 

カトリック教会がメイソンの存在を無視することができないほど巨大な組織になっていったのである。

 

カトリック教会がフリーメイソンを敵対視したのはもう一つの理由がある。

 

その理由はフリーメイソンの「秘密性」にあった。

 

その秘密性は教会にとっては「神に対して全てを告白する」という「告白の儀礼」を無視していることになり、参入儀礼もまた「異教的」で気味悪がられていた。

 

さらに宗教に対して寛容すぎるスタンスも問題視された。

 

というのも、プロテスタントも異教徒も関係なく受け入れるフリーメイソンのスタンスは人々を惑わすものだと捉えられたのである。

 

ちなみにこの頃は18世紀でカトリック教会にとって危機の再来の時代であった。

 

ルターによる宗教改革が唱えられてから約200年、カトリック教会が本格的に失墜し始めた頃であったのだ。

 

啓蒙思想が広まり、旧来のキリスト教は批判され、人間の「理性」の発達が訴えられていたのだ。

 

カトリック教会がフリーメイソンに対して脅威と感じたのは、そのような時代背景があったからともいえよう。

 

教皇クレメンス12世の弾圧をはじめ、様々な弾圧が行われたが、最も激しい弾圧はスペインにおけるものだろう。

 

スペインの異端審問所では

「メイソンに対しては、どのような形でも裁判は一切開かず死刑にせよ」

というような布告が出され、メイソンは次々と捕らえられていった。

 

またフリーメイソンを「悪魔の教会」とみなす書物やパンフレットが大量に巷に出回り始めた。

 

「この世の快楽と引き換えに悪魔に魂を売っている」

 

という稚拙な文言で貶められていたが、民衆に与えた影響は決して小さくなかったようだ。

 

このように「フリーメイソン悪魔密教説」は1700年代の半ばに始まったのである。

 

その後もカトリック教会とフリーメイソンの対立は続いていった。

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