フリーメイソン化したイギリス王室

1717年ロンドンのグランドロッジが設立されて以降、王族や貴族がフリーメイソンに加入し始めた。

 

「アップル・トゥリー」「クラウン」「ラマー・アンド・グレイプス」「グース・アンド・グリドアイアン」という4つのロッジから始まったロンドンのグランドロッジが設立して以降、急速な早さで勢力を拡大していき、1737年には遂に王室の人間で初めてフリーメイソンに加入するまでに至った。

 

その王室初の人物とはウェールズの王子、フレデリック・ルイスである。

 

彼はさらに三人の息子たちも入会させた。

 

フリーメイソンは王族や貴族を取り込むことで組織の保護と名声を獲得する狙いがあった。

 

一方、王室や貴族たちはフリーメイソンの「秘密」に近づき、自らの権力を強める狙いがあった。

 

お互い利害が一致していたのだ。

 

ともあれ、王侯貴族の加入によってフリーメイソンに格式や名誉が付け加えられたことはフリーメイソン史においてターニングポイントとなったのだ。

 

その後も王侯貴族の加入はさらに進んだ。

 

1762年にはヨーク公のエドワード・オーガスト、1766年にはグロウチェスター公のウィリアム・ヘンリー、その翌年にはカンバーランド公のヘンリー・フレデリックなどが続々と加わった。

 

さらにイギリス国王のジョージ4世まで加入することとなり名実ともにイギリス社会の正統派として認知されるようになる。

 

ジョージ4世以降、イギリス王室は代々フリーメイソンに入るのがしきたりになるほどであった。

 

19世紀末にはエドワード7世がフリーメイソンに加入し、英国フリーメイソン最高位に就いて「フリーメイソン王」と呼ばれた。

 

こうしてフリーメイソンはイギリス王室を支配するまでに至ったのだが、こうした経緯があることから正式に発表されているわけではないが、現在のイギリス王室もフリーメイソンなのではないかという説が有力だ。

 

なぜフリーメイソンがこれほどにまでイギリス社会全体に浸透したかというと、イギリスがプロテスタント国家だったからという理由も見過ごしてはいけない。

 

プロテスタントはカトリック教会と対立していたが、フリーメイソンもまたカトリックと対立していた。

 

英国国教会とフリーメイソンは共通の敵を持ち、利害が一致していたのだった。

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください